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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)373号 判決

原告

井関農機株式会社

被告

特許庁長官

右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和54年審判第13066号事件について昭和55年10月20日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和48年3月20日、特願43―69627号(昭和43年9月26日特許出願、昭和48年1月20日出願公告。以下、「原出願」という。)を昭和45年法律第91号による改正前の特許法第44条第1項(以下、「特許法旧第44条第1項」という。)の規定により分割し、その1部を名称を「自動送込方式の脱穀選別装置」として新たな特許出願をした(以下、この発明を「本願発明」という。)ところ、昭和54年8月14日拒絶査定を受けたので、同年11月1日これに対する審判を請求し、特許庁昭和54年審判第13066号事件として審理されたが、昭和55年10月20日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決の謄本は同年11月17日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

扱胴(7)を内装軸架する扱室(1)の1側部に穀稈を穀稈供給口(3)から穀稈排出口(4)側に挾扼移送する自動送込チエン(9)を張設し、該扱胴室(1)の下方に扱胴軸方向に沿つて選別風を流す風選室(2)を設け、該風選室(2)内で前記扱胴室(1)の終端部の穀稈排出口(4)下方に扱胴軸方向に揺動可能にストローラック(6)を設け、前記風選室(2)の前端部には圧風唐箕(10)を配置し、風選室(2)の後方で、かつ、前記ストローラック(6)の上方には吸引排塵機(11)を配備してなる自動送込方式の脱穀選別装置。

3  本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

請求人は、分割出願による出願日の遡及を主張しているので、まず本願発明の出願日について検討する。

特許法旧第44条第1項に規定している「2以上の発明を包含する特許出願」の「2以上の発明」とは、「特許出願に係る発明」を意味するものと解され、この「特許出願に係る発明」とは「特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明」を意味するものと解される。したがつて、分割出願は、もとの出願の特許請求の範囲に記載された事項によつて特定される発明でなければならず、結局、適法な分割出願とは、もとの出願の特許請求の範囲の欄に記載されている発明の1部を分割して新出願とする場合に限ると解するのが相当である。

そこで、原出願の明細書をみると、その特許請求の範囲は1項しか記載されていないものであるから、本願発明は、原出願の特許請求の範囲に記載された発明の一部を分割して新たな出願としたということができないので、適法な分割出願によるものとはいえない。したがつて、本願発明の出願日は、現実の出願日である昭和48年3月20日である。

しかして、本願発明と特公昭48―1868号特許公報(原出願の公告公報)に記載された発明とを対比すると、両者は同一であるから、本願発明は特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決の取消事由

審決が本願発明について分割出願による出願日の遡及を認めなかつたのは違法である。

特許法旧第44条第1項は、「特許出願人は、2以上の発明を包含する特許出願の一部を1又は2以上の新たな特許出願とすることができる。」と規定しているだけであつて、その発明が原出願の特許請求の範囲に記載されているものに限定する明文の規定はない。そうであれば、分割出願は、原出願の特許請求の範囲に記載されている発明についてだけ許されるのではなく、発明の詳細な説明又は図面に記載されている発明についても許されると解すべきものである。

したがつて、審決が、適法な分割出願とは原出願の特許請求の範囲の欄に記載されている発明の一部を分割して新出願とする場合に限るとしたのは、誤りであり、これを前提として、本願発明の出願日の遡及を認めなかつたのは違法である。

第3答弁

請求原因事実は、すべて認める。

理由

1  請求の原因1ないし3の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  本件につき適用がある昭和45年法律第91号による改正前の特許法第44条の規定によれば、特許出願人は、2以上の発明を包含する原出願につきその一部を分割して1又は2以上の新たな出願とすることができ、この場合、新たな特許出願は、原出願の時にしたものとみなされるところ、右規定に基づいて原出願から分割して新たな出願とすることができる発明は、原出願の願書に添付した明細書の特許請求の範囲に記載されたものに限られず、その要旨とする技術的事項のすべてがその発明の属する技術分野における通常の技術的知識を有する者においてこれを正確に理解し、かつ、容易に実施することができる程度に記載されている場合には、右明細書の発明の詳細な説明ないし右願書に添付した図面に記載されているものであつても差し支えない、と解するのが相当である。

そうであれば、これと相反する解釈を前提として、本願発明について出願日の遡及を認めなかつた審決は違法であり、その違法は審決の結論に影響を及ぼすものである。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(石澤健 楠賢二 杉山伸顕)

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